2009年1月3日更新

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呉翼輝 1887 - 1958

  呉翼輝は六合八法拳を公に広めた最初の人物である。内家拳の技術に深く精通していた呉翼輝は、多くの武術家や達人達の間でも評判であった。そして内家拳の歴史に多大なる影響を与えた人物でもあった。呉の名声は高く、歴史上有名な《南京国術館》の教練の地位にも就き、創設者である張之江にも指導した。

  呉は、後に優れた格闘家・師となっていった多くの生徒を持ち、その中では唯一、陳亦人が呉の教授した華嶽希夷門(六合八法拳の門派)の全伝を継承したのである。
 

陳亦人 1909 - 1982

  陳亦人は《南京国術館》において様々な内家拳の達人に就き、多くの門派を修行した。太極拳・形意拳・八卦掌・大成拳(意拳)を習得し、その才能を呉翼輝に認められ、華嶽希夷門六合八法拳の全伝を伝授された。陳のみが六合八法拳の門派を完成することができたと考えられている。中国国内では教授していないものの、香港とシンガポールで道場を創立した。現在の六合八法拳の技術のほとんどは陳からのものである。

  陳には多くの生徒がいたが、華嶽希夷門伝人として認められた弟子の数は六名のみであり、更にその中の三名が武術教師となった。
 

莫其輝

  莫其輝は、華嶽希夷門継承者陳亦人に拝師(正式な弟子入り)した。彼は正式弟子六名の内の一人である。陳について十年以上修業し、弟子達の中では、陳と一番長い時間を過ごした。彼は六合八法拳の全伝のみならず、形意拳と八卦掌をも教授された。陳との関係は親子のように親しく、陳から教子(きょうし=弟子)になるよう頼まれた。

  莫其輝は内家拳の技巧の細部に渡り、厳格に研究した。彼は知識もあり純粋な系統であるにも拘らず、それを公に知られるのを好しとせず、ただ自己の功夫だけを追求した。故に継承者として選ばれたのである。現在、莫其輝は教練から退いてはいるが、今でも自分の弟子を育てている。
 

馬章英

馬章英は莫其輝の弟子から六合八法拳を習い始め、その後も直接、莫其輝の下で修業できるように莫其輝を紹介してもらった。努力と短期間の技術の向上の末、馬章英はなんと、香港で莫其輝の助手にまでになった。馬章英は莫其輝の最も信用の篤い弟子としてただ一人、莫其輝から陳亦人伝六合八法拳と他の武術を全て伝授されるという名誉を得た。馬章英は莫其輝と同様に、他の門派の先生に就くことはなかった。それは、他の門派からの影響を受けずに六合八法の純粋さを保つためであった。それは現在の多くの修行者達にも見られるものである。

 

羅君博

羅君博

 

 

 

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